日々、想う。んで、記す。

プライドを持たない、節操を持たない、愛着を持たない、弱音を吐かない。

灘も、ラ・サールも、素敵ね。

勝谷誠彦ラサール石井『1.5流が日本を救う』を読了。勝谷さんは灘、ラサールさんはラ・サールの卒業なわけで、その2人が学生時代の思い出を交えつつ、教育論などなどに話題が広がっていく。とてもおもしろかったです。こういう学校生活っていいなあ、と思います。で、こういう文化が「ああ、あそこは良い子たちばっかりだから」みたいな変な言い訳が通じない感じに、多くの学校に広がっていけばいいのに、と思います。

うちの高校もそういうところあったなあ…と思い起こせるところもあり、おもしろかった。例えば、p.72-73にあった、数学のテストのくだり。ああ、ありそうありそう。

勝谷 いちばん悲しかったのは、数学の確率の試験のときですわ。試験中って一問もわからんとやることないんで暇なんですけど、確率の問題だけは労働集約的な作業で解ける場合があるんですよ。それで、意地になって千何百通りとか、テスト用紙の裏に全部書いて解いたことがあったんです。

石井 僕もやった(笑)

勝谷 そうしたら、3点ついて返ってきた。先生もマッドな人が多いから、テスト用紙の裏の作業を全部チェックしてて、「勝谷、おしいがな、547番目でまちごうとるわ」って(笑)。それでも僕の努力を評価してくれて、3点とかくれるんです。僕、卒業試験のときの物理が7点だったんですけれど、「私と物理学」っていう題で作文を書いて卒業させてもらいました。

こういうことの方が卒業した後、覚えているものですよね(笑)
p.113-114のところにある、クラスメイトとの関係っていうところもとてもおもしろい。「教養」が大事だろう、みたいな話がたくさん出てくるんだけど、ここでいう「教養」ってなんだろう、ってこととを考えた。教養を持つのがかっこいい文化自体が、学校の資産だよなあとか思う。

石井 僕が思う教養っていうのは、「うー、僕はどうやって生きたらいいんだ」って、頭抱えながら本を読むことじゃなくて、本を読むことで感性が高まるとか、情緒が豊かになるとか、そういうイメージなんですよ。

勝谷 灘の怖いところは、日常のテンションがむちゃくちゃ高いから、カラッポでいると押し潰されちゃうんですよ。カラッポだとみんなの話についていけないから、生存できないんです。共通となる教養のレベルがものすごく高いわけですけれど、むろん中には、会話の基礎となる知識や共通理解みたいな部分がスコーンと抜け落ちてるとんでもないヤツもいるんです。でも、それ以前の、ものを知ろうとする姿勢、インプットしようとする姿勢というのは、みんなに共通していたと思いますね。それがある限り、みんな同じ土俵の上にいるんです。でも、その姿勢を持ってない人は、文字どおり落ちこぼれるしかなかったと思いますよ。

石井 だから、ラ・サールでも、成績のいい悪いははっきり目に見えるわけだけど、それによって差別されることはまったくなかったし、友だちグループも成績でわかれるようなことはまったくなかったですね。

勝谷 そういうことは、灘にもまったくありませんでしたね。つまり、あるのはお受験技術の差だけであって、教養の差ではないんですよ。なんだか言い訳みたいだけど(笑)。

有名な入江塾の入江伸先生のことも懐かしく話されています。あちこちでエピソードは聞いたことがあったけど、「ああ、この入江塾か!」と思ったり。

石井 入江先生には、「人間かくありたし」という道と、「人間かくあるべし」という道があったら、「かくあるべし」の方を進めって言われたからね。(p.121)

1.5流が日本を救う

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