日々、想う。んで、記す。

プライドを持たない、節操を持たない、愛着を持たない、弱音を吐かない。

東大を軸に、近現代を考える

本屋で文庫版を見かけたので、図書館に予約を入れて取り寄せた、立花隆『天皇と東大(上)大日本帝国の生と死』を読了。めちゃめちゃおもしろかった。東大って、まさに日本という国家を近代化するための人材を多く輩出するために作られた装置なわけで、当然、政治なども密接に関わってくる。歴史的にも、ただの学校ではないしね。国権と強烈に結びついているわけで。だから、東大の歴史を追いながら、日本の近現代史を見ていく、という作業がこんなにおもしろいのだろうなあ。

天皇と東大 大日本帝国の生と死 上

天皇と東大 大日本帝国の生と死 上


天皇と東大 I 大日本帝国の誕生 (文春文庫)

天皇と東大 I 大日本帝国の誕生 (文春文庫)


天皇と東大 II 激突する右翼と左翼 (文春文庫)

天皇と東大 II 激突する右翼と左翼 (文春文庫)

なんていうか、立花隆の気合を感じます。例えば、以下のところとか。

曲り角におけるちょっとした判断ミスあるいは選択ミスが、のちのち、取り返しのつかないほど大きなミスとなって、自分にハネ返ってくるということが歴史にはよくある(個人史においても、国家の歴史においても)。そのような悲劇的事態が二度と起きないようにするためにできることといえば、歴史を学ぶことくらいだろう。
おそらく、日本人はいまこそ近現代史を学び直すときなのである。日本の教育制度の驚くべき欠陥のために、現代日本人の大半が、近現代史を知らないままに育ってきてしまっている。
(略)
一言でいうなら、現代日本は、大日本帝国の死の上に築かれた国家である。大日本帝国と現代日本の間はとっくの昔に切れているようで、実はまだ無数の糸でつながっている。大日本帝国の死体はとっくの昔に朽ちはて分解して土に返ってしまったようで、実は、その相当部分が現代日本の肉体の中に養分として再吸収され、再び構成成分となってしまっている。あるいは分解もせずそのまま残っていたりする。あるいはよみがえって今なお生きている部分すらある。歴史はそう簡単に切れないのである。
大日本帝国はなぜ、どのようにして死んだのか。世界指折りだった大帝国がなぜあそこで消滅してしまったのか。その消滅を決定づけたクルーシアルな時間帯はどこにあったのか。そこがわからないと、日本の未来も見えてこないだろう。(p.13)

それから、「学問をする」というか「大学に行く」ということが、今とはまったく違っていた当時だからこその、伊藤博文の見解から続く以下のところ。

伊藤博文は、前出『伊藤公直話』の中で、江戸時代の学問と明治以後の学問を比較して、一言でこう喝破している。
「今日の学問はすべてみな実学である。昔の学問は十中八九までは虚学である」
「今日諸君が学ぶところは、みなことごとく社会の上において実益をおさむる学問である。これはすなわち文明の学問である」
前に、日本の大学の欠陥は、あまりに実学中心になってしまったことにあるといったが(『東大生はバカになったか』に収録されている部分)、そうなったについては、それ以前の日本の学問が、あまりに実学を無視してきたということがあるのである。
しかし、何をもって虚学と実学をわければいいのだろうか。
よるべき基準はただ一つしかない。現実への正しい対応能力である。日食を正しく予測できない天文学はそれだけで落第なのである。会社を倒産させた経営者には、経営学を語る四角はない。それと同じように、バブル経済に浮かれて、日本の国家経営を破綻させた大蔵官僚たちは、虚学しか学ばなかった連中といってもいいのである。(p.43)

強烈におもしろいです。

山川健次郎とかもドラマティック

東大総長として元・会津藩士の山川健次郎が出てきます。山川健次郎って、2回東大の総長になっているのだけど、会津白虎隊の生き残りです。うーん、すごいわ。会津白虎隊の生き残りが、新政府に人材を供給する学府のトップにいるってことがすごい。感情で「いやだ!」とかじゃなく、もっと大きな何かを賭けるべきものがある時代だったのかな、と。ドラマティックよね~。
いま大河ドラマでやっている「八重の桜」でも、山川家は登場しているね。玉山鉄二がやっている山川大蔵の弟にあたるのか。さらにその妹の咲子は薩摩の大山巌の嫁になるし。…と、NHKのサイトでキャスト相関図を見ていると、剛力彩芽が演じている彼女が斎藤一と結婚するのだね…。
会津藩のこれからはけっこう厳しそうだよ…。そして幕末をバリバリ活躍していた人が、明治では市井の人になったりとか、本当に激動の時代だったのだな…。
いつか、山川健次郎というか、山川家まわりの評伝などは読んでみたいな、と思います。

落城後、苦難にあえぐ会津藩の未来を背負って猪苗代の謹慎所を脱出、長州藩の奥平謙輔の助力を得、17歳でアメリカの名門・イェール大学に留学。その後は学者として東京・九州・京都の各帝国大学の総長を歴任、「白虎隊総長」と呼ばれる。晩年は「京都守護職始末」編さんの途中で息絶えた兄の意志を引き継ぎ、会津の復権に努める。

↑はNHKのサイトでの人物紹介(勝地涼が演じるのだね)だけど、これだけでもスゴイじゃないですか!?

おまけ

ところで、神田お玉ヶ池って岩本町のあたりだったのだね…。神田千葉道場って、お玉ヶ池じゃなかったっけ?ってことは、前のオフィスがあったあのそばで、坂本龍馬が学んでいたのは小千葉の方だから、ここじゃないんだな。
神田のあたりは、他にも私学発祥の地があったりもした気がする。東大の赤門の写真も入っているのだけど、今みたいに目の前が道路になっているわけではない(当たり前)。でも、当時からあそこにあるんだものなあ。何だかすごく歴史を感じて、ワクワクします。
あのあたりも、のんびり歴史散歩してみたいなあ。そんなiPhoneアプリがあれば、のんびり散策するわ~。

上巻の最後あたりは右翼と左翼が大激突している感じだし、血盟団事件とか二・二六事件とか、もうぐちゃぐちゃですよ。いまとつながっている歴史とは考えにくいよなあ…。ということで、下巻も楽しみに読む!(読み応えがたっぷり過ぎて、かなりの思い切りが要るわ・笑)

広告を非表示にする