日々、想う。んで、記す。

プライドを持たない、節操を持たない、愛着を持たない、弱音を吐かない。

「日本のOSをアップデートせよ!」は名言だと思う

 宇野常寛原子爆弾とジョーカーなき世界』を読了。おもしろかった。AKB48、カーネーション、「ダークナイト ライジング」、大河ドラマ平清盛」などなどがテーマとして語られている。いま、新著が出たら読みたい、と思う人です、宇野常寛さん。PLANETSも超おもしろいです。

 宇野さんの語る言葉の中で、「夜の世界」というのもすごく好きなのだけど、それをそもそも知ったのは、ニッポンのジレンマを見たときに聞いた、「日本のOSを変えなきゃダメだ」という言葉だった。そして、それを1年間見通した大河ドラマ平清盛」と合わせて語る言葉にもとても納得がいく。

 そう、放映中の大河ドラマ平清盛』の物語は間違いなく現代日本に重ね合わされている。この物語で描かれる平安末期の朝廷は、戦後日本の負の遺産を清算することができずに混迷を深める現代の日本社会の姿そのものだ。「ものづくり」を基盤においたかつての産業構造は行き詰まり、社会は高齢化し、そして高度成長期から70年代のあいだに整えられた社会制度の数々が、現代の多様化するライフスタイルや文化に対応できずに無数の生きづらさを生んでいる。社会保障、教育、労働環境……現代日本人の生活と文化の現実に、日本という制度は追いついていない。それも、基本的な思考回路の設計からやり直さないといけないレベルで。
 これは僕が以前出演した討論番組『ニッポンのジレンマ』で展開した主張だ。「日本のOSをアップデートせよ」――それはこのドラマの主人公・平清盛と彼の率いる平家一門の主張でもある。日宋貿易の再開(開国)と市場経済の導入(自由化)を主張する清盛に、そしてその担い手は貴族ではなく自分たち武士でなければならないと確信する清盛に共感した僕の同世代は多いんじゃないだろうか。
 そして、この体制変革への意志はおそらく本作の中核スタッフの意志でもあるはずだ。前衛的な演出、過剰な説明を省いた脚本、リアリズムを追求した美術、ファンタジー要素や性描写の物怖じしない導入――『平清盛』は間違いなくNHK大河ドラマという戦後日本を象徴する文化を変革しようとしている。(p.96-97)

 じゃ、そもそも日本のOSって今はどんなのが走っているの?ということを考えると、まだまだ「戦後時代」設定なのだ、ということも別の章で書かれている。

 新聞の政治面やテレビの社会面に呼ばれるたびにくり返し述べていることだが、この国はコンピューターにたとえるのならその基本的なシステム(オペレーションシステム=OS)がその耐用年数を過ぎても放置されてしまっているような状態にあると思う。たとえば「標準家庭」という概念がそれだ。これは総務省が発表している「家計調査」という報告で用いられている言葉で、戦後日本では年金や保険、税、保育園の数などの社会制度、さらには住宅や電力・給湯設備、家電の規格、車のサイズなど、いろいろなものが標準的な家族形態を基準にして企画され、作られてきた。そしてこの「標準家庭」のモデルはいまだに「夫婦と子ども2人の合計4人で構成される世帯のうち、有業者が世帯主1人だけの世帯」――つまり「正社員の父+専業主婦の母+子ども2人」というモデルなのだ。(p.136-137)

 うーん、たしかにこれは、「このままでいいの?」と冷静に訊かれたら、「いや、ダメでしょ?」と答えるレベル。会社で新規規格を立てるときに、「これって、どんな家族構成を想定しているの?」と訊かれて、この標準家庭についての説明をしたら、こってりと説教されるのは間違いない。
 変えるのが遅い、というのは仕方ない。でも、そのままでいていいはずはないので、今からでも、変えられるところからでも、100点満点をいきなりとれなくてもいいので、少しずつでも変えていくべきだよね。

 「平清盛」では、というか歴史的には、平家は滅びて源氏がまったく違うOSとして鎌倉幕府を作る。でも、源氏が幕府を開けるようになるためには、その前段階として平家政権が必要だったと思うし、日本もその順で変えていくしかないのだろうね。
 僕が身を置く教育業界も、同じだと思う。まずは現状の枠組みの中でやれることをやって少しずつ変えていき、既成事実を作り、次のOSのための地ならしをしていこう。そのために、やれることをやろう。
 自分が清盛みたいに英雄だとかは全然思っていないので、平家の一門のどっか末席みたいな位置でいいので、何かを成し遂げたいと思う。

PLANETS vol.8

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チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

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