日々、想う。んで、記す。

プライドを持たない、節操を持たない、愛着を持たない、弱音を吐かない。

「庭師と植物学者は違う」

変な夢を見て起きた早朝4時過ぎ。なんだか、学校に通っていて先生に「手書きでレポートは書け!」と原稿用紙を押し付けられていて、「先生、そんなのナンセンスですよ。デジタルでやれば、推敲作業だって楽だし、僕にはそっちの方があっているんで、強制しないでください」と、いかにも自分がいいそうな言葉で笑った。
目が醒めたので、ずーっと聴こうと思っていたiTunes Uの「総合政策学の創造」の第1回を。お目当ては竹中平蔵先生です。半年の講義の導入なので、さらりと話されただけでしたが、ポール・クルーグマン「庭師と植物学者は違う」という言葉を紹介されていました。これはおおしろいな。現場で花をいじる人はもちろん知識が必要だけれども、でもそれは植物学者のような知識体系とは違うだろう、と。知恵と知識、という言い換えも近いのかな、とも思っていますが。
僕の仕事に置き換えれば、教育学の単位なんて1つも取っていない僕は、現場叩き上げの知識とノウハウと自分なりに積んでる思考だけ。典型的に庭師じゃん。中卒の庭師、みたいな。学はなくても、立派な庭を作るぜ、と。