日々、想う。んで、記す。

プライドを持たない、節操を持たない、愛着を持たない、弱音を吐かない。

こんなふうに子どもを教えたい

結城浩数学ガール フェルマーの最終定理を読了。数学を高校1年生のあたりでドロップアウトしてしまった僕は、正直登場してくる数式の8割方はわからない。だから、実はこの本を数学の本としては楽しめていないと思う。でも、“教育の本”として、とってもこの本は素敵だと思っている。ついついメモしてしまうのは、定理でも公式でも数式でもなく、教え教え合う若者たちの言葉のやりとり。

授業を聞くのは刺激になる。本を読むのもためになる。けれど、自分の頭と手を動かす時間をたっぷりとらなければ、授業も本もまったく無意味だ。(p.38)

その通りだ。でも、これを学校の先生は誰も教えてくれなかったと思う。自分の頭と手を動かす楽しさを、残念ながら知ることができたのは、大学生になってからだったなぁ。

学校の先生ってさ、ユーリたちが理解したかどうか、確かめないんだ。先生は<<みなさん、わかりましたかあ>>っていちおう訊くけど、思いっきり先に進みたがっているんだよね、そんなとき<<わかりませーん>>なんていう生徒、いるわけないよ。教室、しーん。そうするとね、先生は次に行っちゃう。なんでそんなに先を急ぐんだろ。ゆっくり考えてから訊きたいときもあるんだけどな…(p.72)

その通り。学校の教室、という場面では、ある程度まで進まなければならないポイントが決まっているので、仕方ないとは言うものの、それはベストの形ではやっぱりないよなー。

「わかんない」とユーリがすぐに言った。
「だめ」ミルカさんが鋭い目になった。「その応答スピードは、考えていない証拠。もっと粘りなさい、ユーリ」
厳しいミルカさんの言葉に、ぐ、とユーリが固まった。
「だって、わかんないもん」ユーリはもぐもぐ言う。
「ユーリは答えられる。間違うのをこわがってるだけ」ミルカさんは、ぐいとユーリに顔を近付けた。「こわいから、

<<間違うくらいなら、わからないことにしちゃえ>>

と思ってるでしょう」(p.76)

こうして言ってあげることのできる先生がどれだけいるでしょう。自分の子どもには、こうした態度で何かを教えてあげたいな、と思う。結城さんの本を読んでいて思うのは、そんな子育てへのアティテュードのことばかり。とっても良かったです。

数学ガール フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)

数学ガール フェルマーの最終定理 (数学ガールシリーズ 2)